続【病院神話】~分岐した壁の内と外
- 亞空 淺田
- 6月24日
- 読了時間: 6分

昔、小学校の先生をしていた知り合いがいて、その人からある相談を受けた。
「近所にいる女の子で、高校に入ってからずっと不登校になってしまっている娘がいて、妹と一緒に時々私の家に遊びに来るんです。」
その方は一人暮らしで、猫を一匹飼っており
「家では飼えないから、その猫と遊ぶために来るんですよ。」
元々が音楽家という人で、ピアニストでもあったから、癒しになれば・・・ということで、その娘にピアノを教えたりもしていた。
聞けば、その不登校の娘はお父さんが外科のお医者さんで、お母さんが看護師さんだという。
妹さんは医者を目指しており、だからきっと彼女もそんな夢をもっていた頃があっただろう・・・と。
だが現在は精神科のお世話になっているという。
「何とかならないか」
という思いから「彼女に施術してほしい」という話が来たのである。
実は、その先生には同じ年頃の娘さんがいて、離婚した際に旦那さんの方に引き取られて育ったその娘と、どうにもうまく付き合えない・・・
「娘ともっと仲良くなりたい」
という彼女に「こうこうこれだけすればいい」というアドバイスをしたことがあり、それ以来「娘が遊びに来てくれるようになった」と喜んでいたことがあった。
たぶんそんなことがあったから、近所の娘さんも・・・・と思ったのだろう。
『施術する』というのは単なるきっかけに過ぎず、だがそれは一つのツールとしての役割を果たす。
要は「施術以外」も含めて「何とかならないだろうか・・・」と相談されたことになる。
いつしか「施術以外」も「施術」に含まれるようになってしまっていた。
その娘を施術するにあたって「家族全員」の施術をすることになった。施術場所は話を持ってきた先生の家。
私の出張施術を受けるために施術用ベッドを持っていたからである。
まずは外科医のお父さん。とてもいい方で「なんで不登校なんかになるんだ?」と思えるほどに優しい人だった。
だがそれがかえって負担をかけているのかな?とも思えた。
次にお母さん。
さすが看護師さん。凝ってます。誰よりも体が悲鳴を上げているのがよくわかる。
お母さんも優しい真面目な方です。
その次に彼女自身を施術した。初めて見た時は少し沈鬱そうな顔をしていたが、それでも明るく「よろしくお願いします」と言う。
若いからそれほど「凝っている」などということはないが、運動不足であることはよくわかる。
そして、頭の方・・・
ヒーリングヘッドの施術を始めると、「ビリビリ」した「気」が手を通して流れ込んでくる。荒い、低周波のビリビリ感が伝わる。
「薬・・・だな」
それらを「吸い上げる」ように取り切って施術を終えるとかなりスッキリした表情に変わっていた。
最後に妹さん。お姉ちゃんより勝ち気で、身体もそのように力が宿っている。だが勉強を頑張っているせいか結構な疲れと凝り具合であった。
施術を終えてリビングで先生が出してくれたお茶を皆で頂きながら談笑していたのだが、あることにふと気づいた。
話をしているお父さんやお母さんの態度、そして、話を聞いている私や先生の反応、少し離れたところで猫と戯れている妹の状況、そしてそれらを漏らさず「感知」している彼女がいた。
無邪気に離すお父さんやお母さんに対して、私と先生の反応を見て、言葉を差しはさんでお父さんとお母さんの話の流れを「ちょくちょく変える」ということをしている。
「合いの手」をはさむように両親の話が「誤解なく伝わるように」という意図だろう。
そして、そんなことをしながら妹と猫の戯れにも気を配っている。
『あぁ、これだな』
ためしに変化球を投げるように、お父さんの話をわざと「誤解」して解釈してみたところ、案の定「そういう意味じゃないよ」と言わんばかりに合いの手の言葉を入れてきて、さらにお父さんの無邪気さをたしなめていた。
『そりゃ、こんなにエネルギーを使って気配りしていたら疲れるわ』
エネルギーの枯渇・・・それが彼女の「状況」であった。
だがそこにいる誰も気づいていない。
やがてお父さんとお母さんは帰り、彼女と妹さんだけ残って猫と遊び始めた。
そこで彼女に近づいて「病気でも何でもない」と伝えた。
彼女と話すといろいろとわかって来た。亡くなった祖父もお医者さんであったこと、祖母に「医者の娘なのに恥ずかしい」と嫌味を言われていること、お父さんの知り合いの精神科の先生のお世話になっていること・・・など。
そこには「学校が嫌だ」というものは一つもなく、むしろ「行きたい」と思っている。
だが、解決の糸口が無く、悪循環のまま2年以上も過ぎていた。
そして「病気である」ということを恥じていた。
だから「病気じゃない」と言う。
そしてさっきの状況・・・
周囲に満遍なく「気」を張り巡らせて、そのアンテナに引っかかる全ての事象に「対処」しようとしていることを指摘して「もうそんなことはしなくていい」と言った。
いつからこの娘は家族全員を「背負って」いたのだろうか?
そう思う。
家族全員に気を配り、自分自身へは全く気を配らない。
自分が悪者になって事を治めようとしている節さえある。
だから「それをやめなさい」と言う。
賢い娘だから私が言ったことをその場で悟った。そして、彼女が悟ったのが「その場の空気」が変わることで明らかにわかった。
部屋全体に張り巡らされていた彼女の「気のアンテナ」が変化したからだ。
「よし、では二人に龍を授けてやろう」
引くか・・・と思ったが、存外目を輝かせて彼女と妹は喜んだ。まだまだ純粋な子供である。
その後、彼女が社会復帰したいからバイトでもしようかと言うので、私が施術をしていた店があるホテルでバイトを斡旋して、しばらくそこで働いていた後、大検を受けて大学へと進学した。
2020年せっかく大学に進学したのだが、コロナ禍が始まり、入学してすぐに大学は「リモート」となってしまい「せっかく大学に入ったのに何か月も学校に行けない」時間が続いた。可哀そうに。
だがその後、「軽音部に入ってギターを弾き始めた」と嬉しそうに語っていた。
あれから、そのお医者さん家族全員の施術を定期的に行っていた。その連絡はいつも彼女から来る。
「やっとご褒美だ」
と私の施術をそのように、嬉しいことを言ってくれる。
2021年の始め頃医療従事者はもれなくmRNAワクチンを接種した。そのお医者さんの夫婦も同じく・・・・
それからしばらくは施術を続けていたが、やがてそれも出来なくなってきた。その家族を施術すると、私は2~3日動けなくなる。
身体の痛み、頭痛、倦怠感・・・
そんなものが起こり始めて何度目の施術だっただろうか・・・
いつものように彼女から「施術して」という連絡が来たが、体調不良に見舞われ続けていた私は断らざるを得なくなっていた。
そのころには「シェディング」だろうと思い始めていたからだ。
当然、ホテルの店に来るお客さんでも「施術すると体調不良になる」という常連のお客さんがわかり始めていた。
そして、そういうお客さんを一人、また一人・・・・と「お断り」せざるを得なくなっていた。
そしてとうとうダウンして三か月ほど休養することになった。そんなときに「施術してほしい」と言われた時は悲しかったものだ。
道が分かれ人と離れるということは得てして起こるものだ。
仕方がないことである。
私を彼女に引き合わせた学校の先生も、そして先生の周りにいたお兄さん、お姉さんの家族の施術も引き受けて出張していたが、それらもすべて無くなった。
2021年に分岐した道は、交わることはあるのだろうか?
そこには明確な「壁」がある。その「壁」の「内と外の世界」
その「壁」を超えない限り、交わることはないのだろう。
コメント